<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000</id><updated>2011-04-21T13:41:13.770-07:00</updated><title type='text'>La Vida ~ A Story</title><subtitle type='html'></subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>13</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-114937719525644869</id><published>2006-06-03T14:28:00.000-07:00</published><updated>2006-06-03T16:26:35.303-07:00</updated><title type='text'>アテネより愛をこめて</title><content type='html'>さて、ランディも無事ヨーロッパに着き（ロンドンへのフライトにパスポートを忘れてちょっと最初つまづいてしまったけれど）、いよいよアテネへ出発!&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;レッド・アイのフライトで朝４時にアテネに到着し、不気味なくらい静かなシンタグマ・スクエアでバスを降りた時はちょっと不安．．．。でも気を取り直してアテネ散策を始めると、おや、いい匂い。ギリシャ人の食生活はちょっと変わっていて、夜の１２時ごろに機内食を食べ、朝食抜きだった私たちのお腹は昼にはグーグーと鳴っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/50/138439063_06c0a1b8eb_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;モナスティラキのThanasisというレストラン（私のギリシャ人の同僚のお勧め）でストリート・ミュージシャンたちにセレナーデされながらケバブを食べる。これは観光地ならでのしきたりである。とても美味しいケバブだった（ランディはチキン・スブラキをオーダーした）。最初からとてもGreekである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/45/138439064_0589da46e8_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;面白いお菓子発見！ココナッツをもちみたいな生地とまぜて棒状にしてある（残念ながら名前はわすれてしまった）。バニラとカカオ味があって結構美味しい。ちょっとスペインのチュロに似ている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/138446544_c64ef0d5fd_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;ちょっとユニークな宝石店のウィンドウ。いい具合に焼けたパンの間にちりばめられたネックレスや指輪。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;歴史あふれるアテネ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/56/138452691_ede895d3f0_m.jpg" /&gt; &lt;img src="http://static.flickr.com/55/138442493_7d9d927de2_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;やはりアテネに来て見過ごすことが出来ないのはアクロポリス。証拠写真のパルテノンとのツーショット。右にはソクラテスなどの哲学者や商人が行き通った古代アゴラ（紀元前６年ごろより）。ちょっと古代歴史のドラマを想像してしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/52/138442494_c5eb02a772_m.jpg" /&gt; &lt;br /&gt;犬、犬、犬。アテネにはたくさんの野良犬がいる、と思ったらほとんどが首輪をしている。しかし飼い主は勝手に散歩させているようだ。町のあらゆるところで昼寝しているワンちゃんをよく見かける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/44/138442495_255c4ffcb6.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;アクロポリスからみたアテネ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/52/138446547_037bf03efd_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;古代アゴラでどうどうと道をふさぐ犬。アテネは犬に支配されているといってもいいかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/56/138442496_e37e0afa62_m.jpg" /&gt; &lt;img src="http://static.flickr.com/48/138446549_87b4179125_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;アクロポリスにあるアテネ博物館。とても興味深い遺物がたくさんある。左に写っているのはゴーゴン（メデューサ）の像。まがまがしい顔だが、チロリと出ている舌は何ともこっけいで、恐怖の怪物になりきれていないところがある。右には死者と共に埋葬されていた古代のはにわ。（大阪の万博の像に似ていると思うのは私だけかな？）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/55/138448717_87305037c1_m.jpg" /&gt; &lt;img src="http://static.flickr.com/50/138448715_48c9925033_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;ミュケーナイ風の壷。赤土に黒、白、赤の絵の具で神話やトロイなどのストーリーを描いてある。右にはスパルタの盾（銅で出来ている）。とても重そうだが、攻撃的でやや乱暴スパルタの戦士なら文句を言わずに使ったことなのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/51/138446554_7dc99ea417_m.jpg" /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/45/138448713_7d391a698a_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;古代おまる。ちょっと笑えるのだが、子供にしてはいい迷惑 だと思う。自力で抜けられないのと、私にはどう見ても清潔感に欠ける代物にしか見えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/55/138446551_80d15af64d_m.jpg" /&gt; &lt;img src="http://static.flickr.com/54/138448716_693c844cd6_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;男の形をした香水の壷。どの男の人に会うかによっては壷も違うとか？？？（もちろん、ギリシャは結構オープンにゲイだったのでこれは男性用の香水の壷だったかもしれない）。ちなみにこの間イギリス博物館で&lt;a href="http://www.thebritishmuseum.ac.uk/compass/ixbin/hixclient.exe?_IXDB_=compass&amp;_IXSR_=kl4&amp;amp;_IXSS_=%2524%2bwith%2ball_unique_id_index%2bis%2b%2524%3dOBJ5831%26_IXNOMATCHES_%3dgraphical%252fno_matches%252ehtml%26_IXMAXHITS_%3d1%26_IXDB_%3dcompass%26_IXSESSION_%3dQRDiEQMbNxv%26_IXFIRST_%3d1&amp;_IXFIRST_=1&amp;amp;_IXMAXHITS_=1&amp;_IXSPFX_=graphical/full/lg&amp;amp;_IXimg=ps334687.jpg&amp;submit-button=summary"&gt;Warren Cup&lt;/a&gt;を拝見したが、う～ん．．．すごい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;右には古代ギリシャの砂時計ならず、水時計。クレプシドラは主に裁判所で弁護士が演説をする時に使ったタイマーである。熟練された弁護士は最後の水滴が落ちるころに演説を終えることが出来たそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/52/138448714_0ac9c11d6c_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;ギリシャはデモクラシーの起源なので、裁判は市民の手で行われた（もちろん「市民」の地位を得られたのは１８歳以上の奴隷ではない男性のみだったけれど）。このクレオテリアは裁判のために作られた道具だ。市民全員が自分の名前入りの「銅チップ」をスロットに入れ、最後に左のクランクが回されると、白か黒のビー球が出てくる。ビー球の色により、横の列の市民たち全員が裁判に出る必要があるか、無いかが定められる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;夜のアテネ&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/51/138439069_45f23c60a2_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;反・イラク戦争のギリシャ。ちょっと変わった反・ブッシュのサインも見られる。（実は私たちがアテネに行った一週間後にアメリカの国務長官コンドリーザ・ライスがアテネに行ったのだが、その時は大きな暴動があったそうだ）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サインにはこう書いてある：&lt;br /&gt;&lt;u&gt;ビン・ラーデンのカフェ　－　スペシャル・メニュー&lt;/u&gt;&lt;br /&gt;&lt;p&gt;トニー・ブレアーの睾丸　オリーブ・オイルあえ&lt;/p&gt;&lt;p&gt;または&lt;/p&gt;ジョージ・ブッシュの頭　トマト・ソース漬け&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＆&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コンドリーザ・ライス　カレー風&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちょっと笑えるのだが、暴動までは良くないと思う（ニュースで見た限りではモロトブ・カクテルと催涙ガスが飛んでいたのを覚えている）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/56/138439070_43ae69836b_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;タベルナに行くと、１０中９ライブのギリシャ音楽が聴ける。独特なギターとリズムはみんなをいいムードにしてくれる。食事はそこそこでも大抵の場所は雰囲気１００点満点だった。この写真のタベルナではちょっと塩っ辛いサガナキとまぁまぁのドルマダ、そして最高のムサカを食べた。（この旅行中ほとんど毎日ギリシャ料理で過ごしたが、アテネ最後の夜はギブ・アップして韓国料理を食べた。う～ん、ギリシャ料理はあと半年は食べなくても大丈夫な気がする）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/46/138442490_9c9151a146_m.jpg" /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/138442491_6752c4157d_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;歴史にあふれる中、やはりアテネはモダンな町である。グラフィティも結構ユニークなのでちょっと写真を撮ってみた。この建物のすぐ横には古代のローマ・アゴラと風の塔があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/138439068_ff2000d29c_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;夜のシンタグマ・スクエア。スケーボー少年たちとカップルのホット・スポットだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アテネで数日過ごした後、３日間パロス島に行った。アテネは多分２日あれば十分観光できる町なのでちょうど良かったと思う（それ以上いると結構飽きる）。アテネ最後の夜は一晩違うホテルを予約しておいた（オフ・シーズンだったのでギリシャについてからホテルを探して歩いた）。ホテルに行くとお茶面なアルメニア人のディミートリーさんが「おう、来たかね？パロスはどうだったかい？そうか、良かった。君たちに特別なプレゼントを用意してある！」と言う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最上階に行ってごらん、と彼は言い、ランディと私は疑心でエレベーターに乗り、一番上のフロアへの階段を登る。ドアを開けるとそこは屋上で、私たちはアクロポリスと顔をあわせる。そう、ディミートリーさんは本当に素晴らしいプレゼントをくれた。最上階には一つしか部屋がなく、ベランダは私たちだけのものだった。私たちは夕日にどっぷりつかるアテネを見渡し、アクロポリスがライト・アップするのを見た。夕食後には神々しくそびえるアクロポリスと一緒に甘い香りのウーゾ（Ouzo)で晩酌をした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/44/133085242_e60d3e7757.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/50/133085243_4d6221c538.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;屋上からのアテネ。ライト・アップされたアクロポリス。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/55/133085244_7b5f50506a_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;「ヤサス！」（乾杯！）水で割ると不思議と白く濁るウーゾ（アニスでつくられたお酒。純で飲むと強く、透明だが、水で割るとスムースで白くなる。トルコのラカに似ている）。こんなに素敵な夜景にはやっぱりギリシャ産のウーゾ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番最初にはどんなバケーションになるか分からなかったけれど、土地、歴史、そしてギリシャの人たちに魅了されて帰ってきた気がする。旅行する度に世界は広がり、私はもっともっと世界を見たくなる。&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/47/133085245_753aff81c6_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;さようなら、ギリシャ！とても素敵な国。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-114937719525644869?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/114937719525644869/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=114937719525644869' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/114937719525644869'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/114937719525644869'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2006/06/blog-post.html' title='アテネより愛をこめて'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-114936999412139431</id><published>2006-06-03T13:34:00.000-07:00</published><updated>2006-06-03T14:26:34.176-07:00</updated><title type='text'>アテネからのEscape－パロス島へ</title><content type='html'>待ちに待った復活際のバケーション。ランディと一緒にギリシャに行きました！歴史あふれるアテネをEscapeしてギリシャの美しい島へ行くとそこには．．．&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/50/133075200_37f8082702.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/46/133081018_94d084f3fd.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;ホテルからの景色。ベランダのブラインドを開けると吸い込まれそうに青いエーゲ海。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/56/133108391_04308ed7fc.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;早速ランチを探しに行くと、愉快なおじさんが「２０ユーロでサラダとアナトリア料理二人分だよ！」と中々のバーゲンをしていたのでここで一休み。二人で食べきれないほどのトルコ料理だった（とても美味しかったし）。満足、満足。＾＿＾&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ホテルの帰りにスクーターをレンタルで借りて、ちょっと島を探検。以外と小さな島なので１/４を２時間で見ることが出来ました。空気が汚染されたアテネと違って、澄んだ空気とカラッとした天気のパロス島は写真には絶好でした。&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/50/133081014_bae59e6e18.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/55/133075201_2ae0040116.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;山の頂点に立つギリシャ・オーソドックスの教会。真っ白なペンキで塗られた壁と雲一つ無い青空はギリシャ諸島自慢の２色。町では観光の夏に向けて業者たちが白いペンキでせっせと建物を塗りなおしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/55/133081013_3d2b76a5fb.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/48/133075202_17810f81c8.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;エーゲ海に沈む夕日。昔、ギリシャ人はアポロが金の馬車で空を駆けていくのを陽の道だと思っていた。アポロはやがて一日の仕事を終え、妹のアルテミスが交代で月の光をかざした、と神話は伝えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/133083591_4b9d980b2e.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;キクラデス諸島によく見られる風車。今では観光のためにだけあるようだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/133081017_b5ff6f9659.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;４月の半ばは泳ぐには少々寒いけど、春の花を見るには抜群の時期です。赤いポピー、ピンクのアネモネ、他にも様々な白、黄、紫が草原を彩る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/133085241_c3f969a6a1.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;パロスの中心にあるパリキア町はまぶしいほどの白と青で、いかにも「ギリシャ諸島」という雰囲気をかもし出している。とてもチャーミングである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/51/133081016_f122fec4d4.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;そしてやはり、島と言えば魚介類はぜったいに見逃せない料理でしょう。ガイドブックにあった「ポリフィア」というお店に行くと陽気なオーナーがとても親切にサービスしてくれました。写真に写っているのは「ポセイドンのプラッター」－えび、鮫、イカ、タコと貝がグリルしてある（味はお世辞にも素晴らしいとはいえなかったけれど）。アペタイザーとデザートをおまけしてくれた上にハウス・ワインをボトルに足して「ホテルで飲んでくれ」とお土産にくれた。ニコニコ顔の良い感じのおじさんだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;旅行をするとあまり地元の人と袖を触れる機会は無いけれど、お店の人たちにとっては観光客は日常茶飯事だ。私たちも会うギリシャ人はほとんど全員商人だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あるお店では鉛筆の絵がいっぱい飾ってあったので「地元の人が絵描きなんですか?」と聞いたらお店のおじさんがすべて描いたという。少し彼の絵を紹介しよう：&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/55/133083593_9d1d4aa645.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/47/133083594_f016c086c5.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/44/133083595_908dc66df8.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;写真を撮ってもいい？と聞いたら少し照れて写させてくれた絵描きのオーナー。パロス島の人たちはとても気さくでEasy-goingな人たちだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://static.flickr.com/54/133083596_74d3eb1a4b.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;パリキアの夜景。フェリーが町の港に集まっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;パロス島の写真アルバム： &lt;a href="http://www.kodakgallery.com/Slideshow.jsp?mode=fromshare&amp;Uc=5o1cxt4.um24mgc&amp;amp;amp;amp;Uy=-j6mk9g&amp;amp;Ux=1"&gt;here&lt;/a&gt;.&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サントリーニ島は天気のせいでいけなくなってしまったが、トルコ石のようなエーゲ海を見ているとそんなことも気にならない気持ちになる。パロス島はとても静かでロマンチックだった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-114936999412139431?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/114936999412139431/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=114936999412139431' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/114936999412139431'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/114936999412139431'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2006/06/escape.html' title='アテネからのEscape－パロス島へ'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-112663585055081222</id><published>2005-09-13T10:50:00.000-07:00</published><updated>2005-09-13T11:24:10.586-07:00</updated><title type='text'>乙女－Chiqueな悩み</title><content type='html'>いきなりブログ復活してこのタイトルは何だ？と思われるかもしれないが、私は今付き合っている人がいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だからと言って恋をしているのかは分からない。（ぜんぜん）自慢では無いが、私の恋・愛・セックスについての経験は波乱万丈で、自分ではかなりな愛情オンチだと思っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;半日彼のことをぽやーっと考えているかと思えば、「男なんかいなくたって一人で生きていける」などとフェミニスト気丈になったり、「あぁ、自分なんかにはもったいない～～～。何で私？」と自己嫌悪に陥ったり、後でどうやって彼の気を引こうかとプロットしたり．．．。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし一番Guiltyな気分になるのは以外と冷めている自分がいるのに気づく時。彼氏がいようか、いまいか、今私は人生まっさかりである。キャリア、家、友達、将来、そして恋人がいる今、何もかもがスルスルと怖いくらい手に入ってしまい、幸せ絶好調－止めようが無いのである。どこかで底がぬけるような気がしてならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近は彼と一緒にいても幽体離脱して客観的に自分を見ている私がいる。それが私たちの関係のせいなのか、私自身の問題なのかはまだ良く分からない。「好き」が「恋」、そして「愛」に変わるのはまだずっと先かもしれない。まだアイツが気になるのかも、と疑ってもみる。人間としては自分の方がアバンチュールでリスク・テイカーだという後ろめたさもある（彼のほうがピュアで一途な気がしてならない）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あと、男と女の駆け引きには「あまりにもすぐに手に入ってしまうものは飽きてしまう」という定理もある。どちらの方も経験があるので自分でペースしなくては、と頭では考えているが、現実は異なることが多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どういわれようと、私はやはりコントロール・フリークであるみたいだ。やれやれ、彼も厄介な人間と付き合っているものだ、と少し同情する。＾＿＾；&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;乙女とははるかにかけ離れていると思う。今の時代はインディペンデント・ウーマン、いわゆるModern　Chiqueエンパワーメントの時代という気がする。それについてこれなくては男は喰われてしまうな（笑）。くわばら。くわばら。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-112663585055081222?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/112663585055081222/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=112663585055081222' title='3 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/112663585055081222'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/112663585055081222'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2005/09/chique.html' title='乙女－Chiqueな悩み'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' 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type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=110904288965655287' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/110904288965655287'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/110904288965655287'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2005/02/blog-post.html' title='アジア放浪の旅：すけじゅーる'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-110489282454841953</id><published>2005-01-04T18:26:00.000-08:00</published><updated>2005-01-04T18:40:24.546-08:00</updated><title type='text'>12月26日2004年：プーケット・タイ</title><content type='html'>&lt;em&gt;これは私が2004年12月26日から12月28日の間プーケットにいた時のことについて書いた日記を日本語訳したものです。&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、私は無傷であり、大丈夫です。私はたまたま12月の26日に起こった東南アジア・南アジアの地震と津波にまきこまれてしまいましたが、私と5人の友達は全員ケガ一つもなく生き延びることが出来ました。今思い返せば、見えない力がタイミング良く、私達を守ってくれたのではないかとも思えます。それくらい死の手が忍び寄っていたのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;26日の朝6時、私はパトング・ロッジのロビーでの旅行会社のバンを待っていました。シミラン諸島二泊三日のスノーケル旅行へ行く予定でした。バンは7時に到着し、我々はプーケット島の北、ファング・ナにあるタプラム埠頭に向かっていました。バンは順調に進み、スピード・ボートに乗ったのは確か9時ごろだったと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後で友達に聞いたのですが、彼女は朝8時ちょっと過ぎに窓がカタカタと揺れるの（時間からして地震だと思うのですが）を聞いたそうです。私はその時は多分バンの中でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678949_74ffeb2639_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;em&gt;シミラン諸島－私はここまでしか近づけませんでした&lt;br /&gt;&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;スピード・ボートは1.5時間かけて、少々止まり止りしながらシミラン諸島に近づきました。ボートの運転手は何度かタイ語でラジオでしゃべっていましたが、私たちには何が起こっているかはさっぱり分かりませんでした。ボートから海を眺めてみると、私達は少し驚きの色を隠せないでいました－何しろ、シミラン諸島は世界でも指折りのダイビング・スポットと言われていたのに、周りには濁った黄緑色の水、そして木やゴミが浮いていたからです。何だか居心地の悪い気がしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スピード・ボートから大きなジャンク・ボートに移るとアメリカ人のカップルが少し青ざめた顔をしていて、パスポートがその朝流されてしまったことを教えてくれました。更に様子を聞くと、前日から島の上でキャンプをしていた人達の持ち物全てが朝10時、高潮に流されてしまった事を教えてくれました。一人のイギリス人によると、水がロッジの窓まで上がってきて全部中にあった物を押し出してしまったそうです。シミラン諸島にいたアドベンチャー旅行者たちはみんなその時間帯にダイビングとスノーケルを楽しんでいたそうです。スノーケルしていた人達は「急に水が濁ってきて－ポン！－視界ゼロになっちゃったんだ。」と言っていました。スキューバしていた人のうち3人は遠くに流されてしまい、緊急シグナルをすぐに上げたそうです。みんな救出され、怪我人は一人も出ませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos3.flickr.com/2678324_d810e07b1e_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ボートの新参者だった我々はアンダマン海をぐるりと見回しました。あらゆる残骸が海に散らばっていました：靴、マットレス、ペットボトル、テント、木、Etc.　&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;誰も何が起こったか分からず、ただ待つだけでした。現地の人達によるとタイでは地震はめったに起こらず、47年ぶりなのではないかと聞きました。そのうち少しずつ情報が入ってきました：「プーケットの埠頭が崩壊した」「インドネシアのスマトラで今朝地震があった」「今は戻れない」等というものでした。大きなボートの方が安全なため、周りからどんどんスピード・ボートが集まり、我々のジャンク・ボートに人を降ろしに着ました。中にはピピ島から来たボートもあり、みんな荒い揺れで吐き気をもようしてしまった人達もいました。ある時点で、60人ぐらいジャンク・ボートの上に乗っていたのではないかと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678319_be0213a196_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この時、誰も事態の深刻さを知らず、のん気に明日までには残りの休暇を楽しめるのではないかと思っていました。ボートからは熱帯魚が泳ぐのが見え、飛び魚が水面をツイーっと半グライダーの様に飛んでいくのを眺めていたのですから。しかし、ボートはタイの国立公園課から本土に引き返すように命じられ、我々は失望を隠せないでいました。せっかくシミラン諸島まで出てきたのだからせめて海に入ってから、とせがみ、水に入りましたが、視界は５ｍしかなく、まるで大男が周り一帯を大きな棒でかきまぜてしまった様でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私達がどれだけ幸運だったかを知ったのは夜の6時ごろでした。一緒にツアーにいたデンマークからの女性の携帯のメッセージには「2000人プーケットで死亡または行方不明。大丈夫なの？」という家からのパニックした言葉でした。ニュースは更に悪化し、「インド、スリランカ、バングラデッシュ、タイ、インドネシア－全地域の死亡者5000人に上る」というメッセージが入ってきました。我々は自分達がどれだけラッキーだったかを初めて知りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はどうしてもスノーケルがしたかったのでパトングにいる友達と別行動していました。プーケットの災害がひどい（特にビーチの近く）という事を知り、私は急に彼らの安否が心配になりました。我々が泊まっていたパトング・ロッジはパトング・ビーチからは500mほどあり、少々高い位置にありましたが、安全が確認できない中、とても不安でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シミラン諸島から本土までは3時間かかりましたが、岸に近づくにつれてポツポツと灯が見え始めました。しかし、それは他のボートと灯台からのみでした。人家からの灯は一つもなく、満月に照らされた山のシルエットが見えるほどでした。電力全てが途切れてしまったのではないかとみんな顔をくぐもらせました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ボートから降りる時、私達は船が他の船に60度の傾斜に重ねられてるのを見ました。その中でもはっきりと覚えているのは一艘完全にひっくり返り、ブクブクと沈んでいく船でした。Tuk-tuk（現地のタクシーの様なもの）を待っている間、我々は一人の老人が晩御飯を食べながらウィスキーを飲んでいるのを見ました。彼は前方の船場を指し、「あの二艘は．．．わしの船だったんだ」とつぶやきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Tuk-tukの隙間から見えた光景は悲観していたほどではなく、浸水されたわき道しか見えませんでした。町に近づくと、停電の恐れはなく、ファング・ナの人々はごく普通に夜道を歩いている様でした。しかし、それも避難所に着くまででした。Tuk-tukが避難所の道に曲がる直前に一人の取り乱した女性が飛び出てきて「ペト！ペト？どこなの！？」と慌てて道を駆けていきました。みんな居心地悪く、ため息をつきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;避難所にて&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;私はデンマークからのカップル4人と行動を共にし、緊急避難所に変身した寺の階段に腰をかけました。誰も食べる事も寝る事も出来ず、ただ目を見張り、ニュースをもらさないように神経をピリピリさせていました。私も何か手伝いたかったのですが、状況が分からない中、ただ言われた事に従うだけでした。ビビカ（仲良くなったデンマークからの女性）と私は気を落ち着かせるために何本もタバコを吸い、私達の信じられないほどの運について話しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのうち、半裸のいかにもビーチから来たばっかりという格好の男の人がタバコを貰いに来ました。「ありがとう。ちょっと気が治まったよ」と彼は言いました。「私は今朝ビーチにいて嫁はまだホテルにいたんだ。波が急に来るのを見てとっさに息子を連れて走った。ロビーに行った頃には水がずい分と高く浸水していて、息子を一生懸命持ち上げていたんだ。嫁は瓦礫の下から助けられた。その後ホテルの半分が死んだと聞かされたよ－200人。死んだんだ。今はタバコを吸えるだけでも嬉しいよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ビビカのアドバイスを聞き、私は避難所の周りを少し歩いてみました。我々は仏教のお寺にいたので、裏ではお経を上げている者や祈っている人達がいました。二階に上がると床は人でびっしり埋まっていました－ケガをしている者や担架に横たわり点滴を受けている人たち。多くが下の階で緊急処置を受けていました。ケガのほとんどは波に流されてしまった時に障害物にぶつかった時の擦り傷、そして逃げているパニックの中転んでしまった時に出来たものでした。多くの人達は足をひきずり、余震が起こった際には逃げ切れそうにもありませんでした。彼らの顔には皆同じように絶望的な表情が写っていました。「バケーションに来ただけなのに。なぜ？．．．なぜ？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;情報の少なさにみんなを恐怖の宙に浮いているようでした。ボランティアの人達は（ほとんどがツアー会社のガイドたち）片言の英語で一生懸命状況を説明しようとしていました。しかし、上手く通じる共通の言葉が無いなか、いつもはニコニコしているタイ人でさえいらつきを隠せないでいました。そして周りを見ると気がつかないでいられないのはヨーロッパからの人達の多さでした－デンマーク、スイス、スウェーデン、ドイツ、フィンランド－どうりでコミュニケーションがスムースにいかないのだ、と納得せざる得ない状況でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私のデンマーク人の友達の所に戻ると彼らはドイツ人の女性と話をしていました。その朝、その女性の夫が慌ててバンガローの入り口で「早く！逃げろ！」と彼女を探しに来たそうです。しかし彼女がバンガローの外に出られる前に波が押し寄せ、彼女は天井に押し付けられ、気を失ってしまったそうです。幸い彼女は救出されたのですが気がついた時に彼女の夫はどこにも見当たらなかったそうです。彼女の服はボロボロに破れ、はだけていて一緒にいたデンマークからの女性が洋服を着せてあげました。そのドイツ人の女性はまだ夫を探そうとしていましたが、彼女を見れば一目瞭然、体力的にも精神的にもそれが無理なことが明らかでした。気がつくと他の女性が我々に近づき、ライターを借りに来ていました。「ちゃんと返しますから。向こうで赤ん坊がショックを起こしかけてるの」と彼女は言いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういう時こそ時間は遅く流れるようにできているのでしょうか。私達は夜8：30から避難所にいたのですがもうそこに一日中いたような感覚に陥りました。ビビカの夫が携帯電話をかしてくれたので何回かつながりが途切れた後やっとカリフォルニアの家に通じることが出来ました。母はまだ寝ていましたが、私は慌てて「私は大丈夫。インドネシアで地震が起こってタイにも影響があったけど大丈夫。今避難所にいるから。」と一気にまくしたててしまいました。それまで落ち着いていたのに、心の底ではものすごく恐怖を感じていた事に初めて気がつきました。不安で不安でたまらなく、どれほど危なかったのだ、と。5000＋人、そして更に多くの人が東南アジアで死んだのだと思うと、凍るような気分で自分の運の良さを改めて確信しました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;現地の人達と旅行者&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;避難所にいる間ずっと一緒にいてくれたタイ人の女の子がいました。彼女は私達のダイビング・スノーケルの旅行会社の社員で、彼女の家は今朝の津波で流されてしまったそうです。朝からラジオの対応で忙しく、一日中コーヒーしか飲んでいないと言っていました。彼女はせっかくツアーに来たのに、と私達の心配をしていました。しかし、むしろ心配なのは災害の去った後始末をしなくてはいけない現地の人なのに、と思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;漁業からエコ・ツアーリズム、そしてリゾートなどタイは大きなダメージを受けました。他国の状況から目をそらすわけではありませんが、その時点ではタイの経済後遺症のことが頭をよぎりました。タイの人達は特有の大きなスマイルとあたたかいもてなしで知られています。しかし、今の彼らの顔は絶望に塗り替えられていました。生き残った旅行者はせめて自分の家と安定した国に帰れるのに．．．。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でもこのストーリーは「私達vs．彼ら」ではありません。現地の人達と旅行者、同じく傷つき、悲しみを感じていました。今すぐではないけれどこの先、タイの素晴らしさをまた見つけに旅行者が来ることを心から願いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;&lt;strong&gt;愛はいつでも&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カオスの中にも優しさはありました。みんなが手を差し伸べ、周りの苦しみに敏感でした。ボートの上で会ったイギリス人の男性はケガをした女性二人についていてあげていて、彼女たちが動けるように人間松葉杖になってあげていました。そして彼女達が病院か別のキャンプに移るまでずっと付き添っていてあげました。人々は寄り添っていました－カップルはお互いをしっかり抱き合い、他人は小さな円を作り誰一人とり残されないように助け合いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お寺にいた時、タイの女の子が懐中電灯をこっそり持ってきてくれて、彼女の母がもう少し居心地の良い避難所を探しているという事を知らせてくれました。私達は何度もお礼を言い、少しでも疲れを取ろうと床に横たわりました。普通仏寺では靴をぬぎ、クッションやマットはお坊さんのみが使うものですが、事態が事態なので怪我人や安らぎを求める旅行者たちが使っていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;女の子のお母さんがトラックで到着し、私たちはうしろの荷台に乗り込みました。お母さんは夜道を走る中、どの家が家族を亡くしてしまったかを指差して教えてくれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お母さんは元気で小柄な芯の強い女性でした。彼女は一日中妹を探していたそうですが、まだ見つからないのだと教えてくれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「今朝、彼女は息子を迎えにトラックで海岸沿いを走っていたのよ。知ってる？波が大きく引いて砂と埠頭を持っていっちゃったのよ。そして、バン！波がいきなり戻ってきたの。私の妹のトラックは波にさらわれていっちゃったのよ。後で彼女のトラックがボコボコになっているのは見つけたんだけれど彼女は中にいなかったの。プーケットにある病院全てを探したけど彼女はどこにもいなかったわ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;悲惨なストーリーだったけれど、このお母さんはまだ希望を持ち、まだ確かな証拠があるまでギブ・アップをしない様子でした。そして妹が行方不明なのに、旅行者の我々がちゃんとした寝床を探すのを手伝ってくれているのでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;タイの軍隊がどんどん食べ物、洋服、水を運び、ほとんど手に入らない物はありませんでした。そして避難所にいる仲間も限られたリソースを分け合いました：グローバルに繋がる携帯電話、アスピリン、トイレットペーパー。色々と持ち物を持っている人もいれば命からがら逃げてきて何も持っていない人もいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;蛇足ですが、次の日に避難所で昼ごはんを食べている中、小さなタイの女の子が両腕いっぱいに水のカップを持ってきてくれました。私達のグループがそれを受け取ると彼女はとても喜び、それを見ていた更に小さな弟（5歳くらい？）が家族のピクニック・エリアにあったインスタント・ラーメン（避難所がみんなに配当していた物）を持って来ようとしました。私達はすでにラーメンを食べていたので思わず笑ってしまいました。こんなに大変な中でも他人への優しさは止まることは無く、みんながお互いのことを助け合っているのだなと思いました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678320_1dce9810dc_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;em&gt;避難所で遊ぶタイ人の子供達&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;次の避難所&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;最初の避難所はお寺で、次に移ったのは本道を少し南に行った小学校でした。寝床を求めて場所を変えたのですが、到着するとそこはお寺よりも込んでいるように見えました。どこもかしこ見る限り人、人、人で埋まり、みんな乾いて少しでも灯の届く場所を探しているようでした。学校の二階に上がると木造の校舎は怪しくきしみ、これだけの人数で床が抜けてしまうのでは．．．とみんな不安そうに見あいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いずれにせよ、我々は机や椅子を重ね、少しでも人間が横たわれるスペースを作りました。人間パズルのようにみんな計らい、冷える夜風と蚊をよけるためにビーチ・タオル、T-シャツ、サロング等で一生懸命体をおおいました。ドイツ人たちがうるさく、夜遅くまで冗談を言い、他の疲れた人達は何とかハロゲンの光をよけようと勉強机の下に頭を突っ込み、震えながら寝ました。みんなうっとうしいと思っていたのでしょうけど、暗闇が恐ろしくて誰一人電気を消そうとする者はいませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;気の張り詰めていた中でも不思議と眠気は襲い、私は4時間ほど寝たり起きたりを繰り返しました。みんなの神経も高ぶっていたので何度か悲鳴とざわめきで起こされました。一度目はラットの出現で女性が騒ぎ、二度目はバスの到着の噂が流れてきた時でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;12月27日－朝6時ごろでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;バスの噂が本当か定かでないのでビビカと私はバルコニーから様子を伺っていました。どこに行くのか分からないバス。この避難所にいる全員（100人以上）を連れて行けるか分からないバス。期待するには情報が少なすぎました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最終的に我々は丘の下にあるバスの方に向かい列に並びました。一つ気になったのは「ドイツ領事館によりドイツ人のためだけに用意されたバス」と聞いていたことです。正直に言えば、私はあまり急いでバスに乗ろうとは考えていませんでした。ただ、ケガ人と行方不明の家族を探している人達を優先してくれればいいのに、と思っていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;残念ながらバスはどちらのタイプの人達も連れて行きませんでした－このバスはドイツの旅行会社「トーマス・クック」という旅行会社の客だけを連れて行くとアナウンスし、すでに乗り始めた乗客は全員下車するように言われました。ドイツ人が集まっていると聞き、夫が行方不明のドイツ人の女性は喜んで乗車しました。でもその彼女も断固と拒否され、道端で泣き崩れてしまいました。その女性はその時まではまだ落ち着いていたのですが、あまりの仕打ちに精神的にも体力的にも限界だったのだと思います。私達は冷たい目で1，2人を乗せたがらんどうのバス三台を見送りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;朝10時ごろに余震が来る恐れがあったのでみんなすぐに建物から離れ、外のフィールドに座り込みました。陽が差すにつれて我々の気分も晴れ、電話のネットワークが働くかどうかを確かめはじめました。私は友達が滞在していたパトング・ロッジに電話をかけ、友達が全員無事であることを確かめました。26日の間ずっと音信不通だったのでみんなには大変心配させてしまいましたが、一緒に来た3人の友達は全員ものすごく運良く助かりました。そして、プーケット空港、もしくは香港で落ち合う約束をしました。カロン・ビーチにいたもう2人はホテルがまだ外に出るのは安全ではないと判断し、まだ等分プーケットに止まるようでしたが安全は確認できました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余震のタイム・リミットは1時間で、私達は余震があってもなくても避難所を出ようと決心しました。しかし、さほど長くしないうちにタイの政府が手配したプーケット行きのバスに乗ることが出来ました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;避難所には家族が今だに行方不明でまだ避難所を去りたくない人達が何人かいました。あるデンマーク人のグループは女の子が一人病院にいて、彼女のお母さんがまだ見つからないのだと教えてくれました。そのグループの青年はおぼれてしまったと思われていたのを後で見つかったので、みんな希望を捨てられないでいたそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;プーケット空港に着くと私はずっと一緒にいたデンマークの友達と別れ、お互いが無事に帰れるようにと言葉を交わしました。空港の中は想像通りものすごい人と混乱状態でしたが、私は奇跡的に友達を見つけることが出来ました。彼らはTuk-tukで西海岸を走り、プーケット島の残骸を見てきたそうです。いち早くプーケットから香港に行くフライトは翌日しかなかったので、私達は空港で夜を過ごす用意をしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos1.flickr.com/2678318_bbd60d249b_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;プーケット空港&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos1.flickr.com/2678951_9bcae0902b_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;パトング・ビーチにて&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;その日、私の友達は私よりも津波の危険にさらされていました。マギーのデジタル・カメラにはクリスマスの日に私達が訪れた店、レストラン、インターネット・カフェ、そしてビーチのパラソルなどが全部めちゃくちゃに壊れているか、もしくは土台しか残っていない様子が映っていました。不思議なことにパトング・ビーチの道角にある仏壇は傷一つ無く瓦礫の真ん中に立っていました。しかし周りにはもう何もありませんでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos1.flickr.com/2678565_2bad90f94d_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos1.flickr.com/2678568_4f573e2d07_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678950_125eb404d2_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678571_3dfe174e11_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678567_7a0c876efe_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos1.flickr.com/2678566_e95bf33623_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://photos2.flickr.com/2678574_6e4599af6e_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;em&gt;傷一つもない不思議な仏壇（真ん中の白い塔）&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の友達はその朝ごく普通に起き、朝食をとっていたそうです。9時ちょっと過ぎに部屋に戻った時「波が来る！波が来る！」と誰かが廊下でわめいているのが聞こえ、その時初めて異変に気づき、山に登ったそうです。彼らは6時間ほど山から津波がパトング・ビーチの岸に打ちつけるのを（テレビに映っているような）見ていたそうです。幸い、彼らのいたロッジは無傷で水道が止まってしまったことだけが唯一のダメージだったそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の友達はロッジから空港に来るまでの道のりにたくさんのダメージを見たそうです。Tuk-tukの運転手は危機の際だったので高い値段を押し付けるのをためらっていたそうですが、彼のサービスはその時点では高い需要があり、一週間後には枯れてしまうのが分かっていたので私の友達は通常より200％の値段でTuk-tuk に乗りました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;誰かが見守ってくれている&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;運の女神に守られている人は確かにます－空港のパブで時間をつぶしている間にあるフランス人と話をしていました。彼はその朝ピピ島にスキューバに行く予定だったのですが寝過ごしてしまい、10時までホテルにいたそうです。しかもホテルはビーチより少し離れていたので彼は無事だったそうです。ピピ島は今回の津波で最もたくさんの被害が出た島です。また、空港で会ったイギリス人のカップルはピピ島から運良く逃げ切ることが出来、洋服もほとんど持たないで（女性はトップレスで波を逃げ切ったそうです）、パスポートも何もかも失くしてしまった状態でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ピピ島の島の形からして一番リゾートが盛んだったのは真ん中の浅いビーチ・エリアだったそうです。だから被害も大きく、ほとんど土台しか残らなかったそうです。島の周りには船がたくさん集まっていたのでディーゼルが海に流れ、何人ものが黒い水を飲んでしまったそうです。ピピ島はディカプリオの映画の「ザ・ビーチ」の舞台だった島ですが、透き通ったアクア・マリンの海と白い砂浜はまるでパラダイスの様で、さんご礁の辺りをもぐると素晴らしい海洋生物が見られる場所でした－今はもう全て無くなり毒されてしまいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私と友達は実はその前日ピピ島に行く予定を立てていました。しかしホテルが全て満員だったので私はシミラン諸島へ、友達はパトングに残って日帰りの旅行をすることに決めていました。今思い返せば何という偶然なのだと思わずにいられません。カロング・ビーチにいた私達の友達のカップル二人はその朝早く起き、ビーチに行こうと計画していたそうです。しかし急に気を変え、ホテルのプールに行くことにしたそうです。その日、彼らはプール・サイドから津波がビーチに上がるのを見たそうです。パトングで私達が宿泊していたロッジは忙しいシーズンだったので運良く旅行間際にブッキングすることの出来たシー・ビューがない宿泊場でした。そして私自身はその日一番安全な場所にいました。タイ人のお母さんが言ったことを思い出します「今日シミラン諸島にいた人達は一番ラッキーだったんだよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はプーケット空港でこの日記を持ち歩いていたEconomistのマガジンの広告のページに書きました。48時間以上シャワーなし、ろくに眠る事も出来ず、床にごろ寝をしながら。十分物思いにふける時間はありました。ビビカが言ったある言葉がこの状況にふさわしいと思います：「Timing is everything」。正に少しのずれで、タイミングで死を逃れたのでは、と思うふしがたくさんありました。そしてその少しのずれとタイミングで命を失ってしまった人達も。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自然災害・天災は乱暴で無慈悲で予測できません。この災害の中にいた人達は何らかの影響を受けました。我々の人生のプライオリティは動き、様々なコネクションが人と人の間に生まれました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;Aftermath－香港に戻って&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;28日に香港に戻れば少しは状況が良くなると考えていました。たくさんの電話、SMS、メールをもらい、自分の無事を伝えるたびにホッとする思いでした。しかし私は自分の体と精神の力を侮っていたようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その夜食べた物にあたってしまい、緊張の糸が切れたとたんに弱ってしまいました。うなされる中、まだタイの避難所にいる夢を何度か見、実はタイを離れたことにうしろめたさを感じているのではないかと思いました。何かもっと助けられたのではないか、と。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まだ本調子でない中、どれだけ影響を受けたのか改めて考えさせられました。一日ずつ前に進み、寄付をすることと周りの人と話すのがせめて自分に出来ることなのではないかと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;災害にあってしまった人達とその悲しみに悩まされる人達のために祈っています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-110489282454841953?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/110489282454841953/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=110489282454841953' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/110489282454841953'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/110489282454841953'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2005/01/12262004.html' title='12月26日2004年：プーケット・タイ'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-110024027776687739</id><published>2004-11-11T22:15:00.000-08:00</published><updated>2004-11-11T22:17:57.766-08:00</updated><title type='text'>セックス・On・火曜日</title><content type='html'>初めて&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;strong&gt;「Sex on Tuesday」&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;のことを聞いたのは私のルームメイトからでした。彼女は校内新聞の「Daily Californian」で働いていたので、当たり前なのですが、あまり新聞を読まない私はつい最近までその存在すら忘れていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リベラルな大学では新聞も結構ディレクトなんだな、とのん気に考えていましたが、読み始めると案外面白くって止まらない（読むのが、ですよ）－というのが本音です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;文面も内容もとってもCreativeで「Sex and the City」のコラムを思わせます。&lt;a href="http://www.dailycal.org/search_results.php?search_string=Sex+on+tuesday"&gt;&gt;&gt;Sex on Tuesday&lt;br /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話は変わりますが．．．入学当初の頃はただ、ただ毎日が新鮮でした。だから、異性に対しては興味あったにも関わらず、それほど「セックス、セックス」という気あせりもありませんでした。フレッシュマンは大抵&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;strong&gt;3つのカテゴリー&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;に分けられます：&lt;br /&gt;1．「ぜったいにやってやるぜーーーー！！！」ホルモン的（男・女両方あり）&lt;br /&gt;2．「大学で運命のスウィート・ハートを見つけるわ」ロマンチスト（大半女性、ママ’ｓBoy）&lt;br /&gt;3．「今までコンピューターとしか付き合ったことが無いから人間の女の子とはどう話していいのか分からない」オタク（IT系－うちの大学の１/３ぐらいかな）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも大分うち解けてくると、人間の摂理が勝って、親の目がない事とアルコールの力を借りてオタク君でさえ良く見えてしまう．．．。というのが事実だと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff99ff;"&gt;&lt;strong&gt;恋&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;、&lt;span style="color:#6633ff;"&gt;&lt;strong&gt;ロマンス&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;、&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;性の冒険&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;、&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ffff00;"&gt;愛&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;、&lt;span style="color:#66ffff;"&gt;&lt;strong&gt;自分のリミット&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;、&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;strong&gt;ライフ・パートナー&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学は笑いあり、涙あり、怒りもあり、いろんな感情の渦巻くBreeding Groundだと思います。&lt;br /&gt;（私はどうだったかって？それは秘密。フフフ．．．。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の友達の中にもシリアスの恋愛をしていた娘もいたし、遊び人もいた。長距離恋愛をがんばって２年間続けたあげく分かれたカップルもいれば、シチュエーションが合っていたから少し離れた後また良いカップルになれた遠恋の人達もいた。毎週違う男の話をするセックス好き。アジア系の女の子が大好きな白人（うちのキャンパスはそういう奴が多かった）。愛していると思っていたのに、彼はまだ昔の女ときれていなかったと嘆く女の子。大学に行って初めて自分がゲイだと気づいた子。レイプされた子。本当の愛を探しているDreamer。自分のイメージを壊したくないから隠れてエッチする人。かわいい顔をして結構色んなこと経験済みの子。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学にいると情報通になる－「Sex on Tuesday」を読んでその後コラムに書いてあったことを試してみたカップルは少なくないはずだと思う。最初は恥ずかしいな～、と隠れて読んでいた人達も知識を得るともっと安全で楽しい体験が出来る。人間はタブーなものであるほどムキに執着し、隠れてその行為をする（Ex.－マリファナ：オランダのアムステルダムでは麻薬中毒患者の数がアメリカより少ない）。むしろ、性教育はあらゆる面でもっとするべきだと思う。アフリカのセックス文化を見れば一目瞭然だ。AIDSだけではなく、性病、避妊、清潔方法についてもっと知識が広まっていれば些細な病気や人口問題にもスマートになれる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Sexのエキスパート、Sexpertは以外と周りにいる。友達や恋人と話せば怖くないし、もっとセックス・ライフを楽しめると思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうポツリと思った金曜日．．．。&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-110024027776687739?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/110024027776687739/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=110024027776687739' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/110024027776687739'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/110024027776687739'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/11/on.html' title='セックス・On・火曜日'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109963778937510436</id><published>2004-11-04T22:50:00.000-08:00</published><updated>2004-11-04T22:59:36.823-08:00</updated><title type='text'>はい、うちの弟です。</title><content type='html'>私が大学を卒業して1年以上経っているので、ポツリポツリと思い出しながら書いていますが、その中でもインスピレーションになっているのが&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;うちの弟&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://www.flickr.com/photos/1256289_ec7a006386_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼は機械工学を専攻していて、うちでは通称「ベース・ギターひき小僧」と呼んでいます。彼の悩み、愚痴、毎日の様子を聞いていると、アメリカの大学生の世界に&lt;em&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;ズズーーーっと&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/em&gt;、引き込まれます。と言っても、彼自身はあまりにも忙しいので、メールも時々ちょろっと書いてくれるだけですが、&lt;a href="http://rintaro.blogspot.com"&gt;彼のウェブログ&lt;/a&gt;を読んでいると様子が伺えます。彼の味が十分出ていると思います（&lt;a href="http://rintaro.blogspot.com"&gt;これ&lt;/a&gt;をみて彼はクレイジーだと思う人はかなりいるでしょう。でもこんな奴なんです）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カリフォルニア口調の音楽バカに見えますが、中身は結構しっかりしています。うちの親はむしろ、私よりも弟の方に信頼を寄せているところもあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、ま、私が言いたかったのは、彼の視点から見てみると、大学ライフってこんなだっけ?と考えさせられることです。彼の書く事は遊びと大学で起こった事件が主です。ここで例を挙げてみると：&lt;br /&gt;－理由不明のじんましん（写真つき）、そして大学の病院の対処の悪さ&lt;br /&gt;－中間試験のおなら事件（弟は被害者）&lt;br /&gt;－下半身裸でスケボーをしていた学生、そしてズッコけた彼に追い討ちをかけた弟（苦笑）&lt;br /&gt;－ヨーロッパ旅行&lt;br /&gt;－Incubusのコンサート&lt;br /&gt;－Alien Ant Farm のコンサート&lt;br /&gt;．．．等あります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よく考えてみると、あまり普通じゃぁ．．．ありませんね。実は次に何をしでかしてくれるかと楽しみにしています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://www.flickr.com/photos/1256286_cf1ddc14ca_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;大学生してますね～。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼の高校時代の友達や彼の今の様子を見聞きしていると「今の子達はすごいんだなー」と感心させられます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://www.flickr.com/photos/1256287_95d94a3836_m.jpg" /&gt;&lt;br /&gt;友達とPhotoShopでお遊び。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4年だけでもかなり違うんですね（オバサンくさい．．．）。&lt;em&gt;うーん、がんばれ、20代！&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109963778937510436?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109963778937510436/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109963778937510436' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109963778937510436'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109963778937510436'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/11/blog-post_04.html' title='はい、うちの弟です。'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109954306417035693</id><published>2004-11-03T20:32:00.000-08:00</published><updated>2004-11-03T22:04:19.613-08:00</updated><title type='text'>ハローウィン：Trick or Treat</title><content type='html'>&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;“Trick or Treat, Give me something good to eat！”&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;&lt;strong&gt;ハローウィン&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;は魔物と妖怪が徘徊するちょっと不思議で怖い雰囲気の祭日です。また、アメリカのチョコレート・キャンディー製造会社とコスチューム店にとってこの月は最大の売り上げの時期でもあります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://flickr.com/photos/1253439_93b432580c_m.jpg" /&gt;&lt;img src="http://flickr.com/photos/1253438_e386130e18_m.jpg" /&gt; &lt;p&gt;&lt;img src="http://flickr.com/photos/1253442_5a35a1216a_m.jpg" /&gt;&lt;img src="http://flickr.com/photos/1253440_9a82a43bfc_m.jpg" /&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;Halloween in Hong Kong - 2003&lt;/strong&gt;&lt;halloween&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本人がバレンタインやクリスマスの由来をあまり深く考えずに祝うように、ハローウィンはアメリカ人にとって格好のお祭りです。別に知らないという事自体が悪いという訳ではありませんが、祭日の由来は意外なところから来ています。もとはケルト民族のお祭りで、悪魔が一年悪さをしないようにお金や食べ物（Treat）をささげることから来ています。他にも「Bobbing for Apples」という、りんごを糸からぶら下げる、もしくは水いっぱいの樽に浮かばせてあるものを、独身の男女がそれをかじろうとするゲームもあります。りんごは魔よけに良いといわれているからですが、今になっては子供が面白おかしく遊ぶゲームです（今の子供は多分もうやらないかもしれないですが）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、私もハローウィンの由来なんてそこそこしか知らないので、初めてアメリカに来た時からお祭り騒ぎだと思っていました。一番最初の年は、ブルマに黄色いテープを横しま調にくっつけ、節分のお面をかぶったくらいだったから「アメリカのモンスター」を理解するまでかなり時間がかりました。（ちなみに家の親は近所の人たちにはこの「鬼」の格好を一生懸命“Japanese Demon”と説明していたらしい）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;幼い頃、私と弟は「かわいい」コスチュームに専念していました。ヅラをかぶった侍、お姫様、おばけ、黒猫、Etc.　いつからか、コスチュームは「ホラー」、「セクシー」に変わって行きます。確かある年、私は「頭にナイフの刺さった人」で弟はチャップリン風のひげめがねをかけた医者でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近うちの弟がやった爆笑ものは&lt;span style="color:#660000;"&gt;&lt;strong&gt;モンキースーツ&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;でした。中世期際（アメリカの高校には変わった趣向があります）の時に使った牧師のローブを着、ゴム状の耳を縫いつけたそうです。極めつけは友達3人が同じ格好で学校に行ったので、かなり滑稽なモンキー・トリオだったらしいです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高校に入ってからは、「うけ」狙いで、毎年エスカレートしていきました。私も気ぐるみになり、エプロンを着て、シャワーキャップをかぶって&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;strong&gt;「食堂のオバサン」&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;になったり（おしりが大きすぎてイスに座れませんでした－ある意味で大変なコスチュームでした）．．．寒い中タオル一枚とビーチサンダルで町を歩き回ったり（もちろん下にはちゃんと服を見えないように着ていましたが）様々なおふざけをしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしハローウィーンは外を回る人たちのみが楽むわけではありません。家で待っている人たちはキャンディーいっぱいのボウルで出迎え、かわいい子供達の枕カバーにお菓子を入れてあげます。時々興好きな家族もあり、ドアを開けるとコスチュームを着ている大人たちが迎えてくれることもあります（うちの親も張り切って海賊と魔女のコスチュームを着て待っていたけれど、残念ながらうちの近所はとても静かだったそうです）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;上には上もいます。&lt;span style="color:#6633ff;"&gt;&lt;strong&gt;ホームメードのお化け屋敷&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;を作る家族がいて、彼らのガレージの前には毎年行列が並んでいます。中は暗いけどカラフルな蛍光灯がチカチカし、何処からか女の悲鳴が聞こえてきます。極めつけはジェーソンのお面をかぶったチェーンソーを持った男が最後に追いかけてくることです。毎年やっているので、うちの町ではちょっとした名物です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学に入ってからは&lt;span style="color:#ff99ff;"&gt;&lt;strong&gt;プレイボーイ・バニー&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;、&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;strong&gt;軍服&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;、&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;strong&gt;セーラームーン&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;（これは友達に無理やりやらされたという方が正しいけれど）、などと結構セクシー系をやったのを覚えてます。周りも色々張り切るのでやりがいがあります―クリスチャンのシスター、お嫁さん、&lt;span style="color:#ffff33;"&gt;&lt;strong&gt;ピカチュー&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;の着ぐるみ（この人は散々ボコボコ頭をたたかれたと嘆いていました－何だかそうしたくなるキャラかも）、医者、Men In Black,メデューサ、酔っ払ったおじさん、ニクソン元大統領、クリントン元大統領（葉巻をくわえている）、便器（座るとトイレのかっこうになる）、ブラックジャック、&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;strong&gt;3人のゲイのドロシー&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;（オズの魔法使いより）、などなど選り取り緑です。そしてやはり圧倒的に多いのが女装！毎年何人かいますね～．．．。（普通の女の子よりかわいいのがいるからたまったもんじゃないですよ）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だんだん本当のハローウィンから離れていきますが、やはり年に一度はこんな仮装パーティーはしてみたいですね。アメリカ全国が賑わいますが、もしハローウィンの時期にアメリカに行くチャンスがあればぜひニューヨーク、マディソン（ウィスコンシン州）とサンフランシスコの&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;キ&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff9900;"&gt;ャ&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ffff33;"&gt;ス&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#33ff33;"&gt;ト&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;ロ&lt;/span&gt;・&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;ス&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#993399;"&gt;ト&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;リ&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;ー&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ffff33;"&gt;ト&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;がお勧めです。私は後者しか行ったことがないのですが、とてもカラフルなパレードとクリエイティブな仮装を見に行くにはこの3つの場所が一番だと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最もアメリカ的なお祭りと言えばやはり&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;&lt;strong&gt;ハローウィン&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;です。お祭り好きな国民性ですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;halloween&gt;&lt;br /&gt;&lt;img src="http://flickr.com/photos/1253441_c3b269fbe7_m.jpg" /&gt; Happy Halloween! &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;Halloween in Hong Kong - 2004&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;書こうか、書くまいかと迷っていたけれど、一応Disclaimerをこの辺で入れておきます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は中学1年生までしか日本語を習っていなかったので少々堅苦しかったり、未熟なところがあります。多少変なところがあっても目をつぶってください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;読み返してみるとかなり「だ。であろう。」調になっていますが、言い回しがあまりにも仰々しいので今回からまた「です。ます。」に戻します。日本語は難しいですね(笑)。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109954306417035693?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109954306417035693/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109954306417035693' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109954306417035693'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109954306417035693'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/11/trick-or-treat.html' title='ハローウィン：Trick or Treat'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109945899699449806</id><published>2004-11-02T21:15:00.000-08:00</published><updated>2004-11-02T21:16:36.993-08:00</updated><title type='text'>エレクション２０００（プラス４）</title><content type='html'>今日はアメリカの大統領選挙である。そして、House とSenateの選挙でもある。しかし、やはり注目の的はBush vs. Kerryのショーダウン。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;4年前、私はまだアメリカ市民権を取得していなくて（単なるめんどくさがり屋、とも思えるが、やはり日本人としてのプライドがあったからだろう。うん、そういう事にしておこう）、2000年の選挙は、やや他人事の様に考えていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;夕方に寮に帰ってくると、スイート・メート達は少し興奮気味で、特に私のルームメイトは帰るなり、リビングのテレビにかじりつきだった。選挙権は18歳からなので、彼女の始めての選挙体験だったそうだ（ほとんどの学生も同じく始めての人が多い）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ディナーでもみんな選挙のことで持ちきりで、ほとんどの生徒達があわただしく食べ物をかきこみ、それぞれの寮に帰っていった。今思えば、キャンパスライフであれほど学生達がいっせいに興奮したことは９・１１とスタンフォードとのアメフト・ゲーム以外に無かったと思う。校風からして、私達の学校はほとんどがリベラルかデモクラットだった。しかし、リパブリカンのクラブ活動が一番大きな学生クラブだということからして、全員一色というわけでもなかった。バークレーというとかなりリベラルなイメージがあるが、それは60年代のことであり、今ではほのぼのとしていてキャンパスの大半には政治に関して過激な輩は指折りぐらいしかいなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その夜は手に汗を握る体験をした。いずれ、隣のスイートの人たちも私達のリビングに集まり、テレビに密着状態だった。Goreの大衆選挙数がBushのを超えると歓喜をあげ、Electoral VoteがBush にいくとものすごい勢いでまくしたてた。これが何回か繰り返されたのだが、ついにショッキングなニュースが流れた：テレビのスクリーンには花火があがり、ステージには、わっと、風船がいっせいに放たれるのが見えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Goreが勝ったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今になってはBushはものすごく嫌われていると思っている人が多いが、アメリカ人のほとんどはGoreもBushもあまりいい候補だとは思っていなかった。しかし、“The lesser of the two evils.”とはよく言ったもので、やはりほとんどの人はGoreが勝ってほっとしたことであろう。リビングに集まった人たちはジャンプして抱き合い、寮のあちこちでは歓声が聞こえていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし．．．。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;テレビのレポーターはしきりに眉をしかめ、耳に入れたマイクを抑えていた。彼の顔は青ざめ、まじめな顔をレンズに向けた。「テレビを見ている国民のみなさん。今現在、全ての選挙のチケットをカウントしておらず、今回のアナウンスはExit Pollsのみの予想です。もうしばらくVoting Pollsからの知らせをお待ちください。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;テレビ・メディア今世紀最大のミステイクだった。わーっと騒いでいた私達は急に冷や汗を感じ、黙ってテレビの前に座った。30分が発ち、1時間発ち．．．まだ最終結果は出ていなかった。カリフォルニアという事で、私たちがアメリカ最後の選挙地域だったのでアメリカ全体のカウントはほぼ終わりに近かった（アラスカをのぞく－しかし、アラスカの人口はさほど多くないので数時間後発ったこの時間はあまり関係なかった）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フロリダのことを聞いた時は知りもしないフロリダの誰そこのことを本気で呪った気がする。Goreのクリーン・スウィープではないという事はことがこじれることを指していた。私とルームメイトはげんこつが真っ白になるまでお互いの手を握り、毛布にくるまれながら冷えるリビングで怒りに震えていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これはGoreかBushか、という問題だけではなくて、「本当に国民が投票することに意味があるのか？」という疑問をもちあげた。Electoral collegeシステムを使うアメリカでは、いくら州全体が大衆投票で候補者に票を入れても、選挙地区が勝たねば本当にカウントはしない。更に、その州の地区の多数決でその州の投票全部が一人の候補者に入る。（例えは、カリフォルニアは55Electoral Voteがある。もし22Republican: 23 Democratになっても55Democratという事になる）。だから戦略方は成るべく多くElectoral Voteを得られる州を最優先することにある（もちろん、その州ごとにRepublican より・Democratよりがあるが）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その夜、結果はついに出なかった。私達だれも良く寝た者はいなかったと思う。翌日中間テストがあったルームメイトはぼろぼろだったそうだ。アメリカの最高裁判所までを巻き込み、フロリダ州全体の羞恥をさらした2000年のエレクションは誰も再現しない事を祈っている事だろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから今2004年の選挙を見ていると頭が痛い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;蛇足だが、世界の市民がもし投票できるのならば、Bushは絶対に選ばれないことであろう。しかし、&lt;a href="http://www.cnn.com/2004/ALLPOLITICS/blog/11/02/election.blog/index.html"&gt;CNNの世界からの生ブロッグ&lt;/a&gt;を見ていると色々と面白いことが分かる。&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109945899699449806?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109945899699449806/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109945899699449806' title='1 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109945899699449806'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109945899699449806'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/11/blog-post.html' title='エレクション２０００（プラス４）'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109877539098957291</id><published>2004-10-26T01:22:00.000-07:00</published><updated>2004-10-26T00:23:10.990-07:00</updated><title type='text'>アジアン・インベージョン</title><content type='html'>私は大学に入るまでは99％白人のコミュニティーに住んでいた。別に差別している訳ではないが、毎回引っ越す度に私の家族は白人のほのぼの郊外コミュニティーの中にぽっかりいるアジアン・ファミリーだった。日本人との家族づきあいはまれで、そのおかげか私と弟の英語は上達するのも速かった。&lt;br /&gt;そんな環境で育ったもので、バークレーで生活をし始めてから初めてアジア系のコミュニティーに囲まれる事を知った。はっきり言ってしまうと、あまり好きではなかった。私が入った年はアジア人が50％以上入学したそうだ。カリフォルニアの中でもUCLAと競うほどだったらしい。更に、友達のアバウトな計算によると、学生30,000人のうち１％が日本人だという。300人もの日本人がキャンパスのどこかに潜んでいると思うと少し気が引けた。&lt;br /&gt;今まではまれだった「日本人」というアイデンティティーが薄れてしまう気持ちがした。何より、自分は「アメリカで育った日本人」というエゴがあったので、高校の時アメリカに転校した日本人と一緒にされるのはまっぴらゴメン、という今にしてみれば何とも幼稚で自己中心的な考えがあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実際、キャンパスの大半は台湾系中国人とインド人がほとんどである。高校の時も同じような人口環境だったので、それほど違和感は無かった。しかし、他のアジア系の人種を大勢に見たのは初めてだった。韓国人、広東地方からの中国人（香港、中国の南方）、フィリピン人、タイ人、パキスタン人、シンガポール人、カンボジア人、ラオス人、等。しかも、それぞれの人種がクラブ活動をしているのだ。人種が多いほど様々なクラブを作り、自分たちの集まりを作る（例えば、フィリピノのヒップ・ホップ・クラブや中国人のキリスト教クラブなど）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番興味深かったのは、「アジア人」というアイデンティティーだった。リベラルな校風からして、バークレーはAffirmative Action（マイノリティー優遇措置）に我さきとリードを取り、Underdog（弱者）を応援する傾向がある。黒人奴隷制度の報いのために作られたアファーマティブ・アクション制度だが、このシステムは20世紀後半はアジア系やヒスパニック系の人種にも取り入れられる様になった。話はそれてしまったが、優秀なアジア系（台湾人、日本人、シンガポール人）が他のアジア系人種を助けるために過去、バークレーには「アジアン・アライアンス」が出来たそうだ。&lt;br /&gt;余談だが、台湾人がアメリカにたくさんいる訳は1970年代の移民法にある。もともと移民から成り立っているアメリカであるが、19世紀後半になると、土地がだんだん開拓され、押し寄せる移民の波にはセンシティブになってきていた。黒人奴隷と中国人のクーリーが大陸横断鉄道のために大勢雇用され、その後あまりの多さに差別され虐待されていたことはアメリカのソフト・スポットである。アメリカは常に移民に関してはピリピリしていた。&lt;br /&gt;しかし、20世紀後半になって新たな発見をしたのである－アメリカ国外（特にアジア）には優秀な人材がアメリカに来たがっている－という事実だった。そこでゲートを上手くコントロールして、理数系に強く、大学から出たばかりの優秀な学生たちを呼び寄せたのである。今になってはその率を忘れてしまったが、台湾人が一番多かったそうだ（高木ロバート先生の本「Strangers from a Different Shore」に詳細が記してある）。この時期、アメリカの軍隊が３大優秀大学：バークレー、スタンフォード、カル・テックと手を組みシリコン・バレーを作っていたのも偶然ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今後もバークレーのアジア人の人口は増え続けるだろう。そうなったらまた&lt;a href="http://www.infoplease.com/ce6/history/A0841421.html"&gt;UC Regents vs. Bakke&lt;/a&gt;の様に、リバース・アファーマティブ・アクションも出て来るのであろう。&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109877539098957291?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109877539098957291/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109877539098957291' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109877539098957291'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109877539098957291'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/10/blog-post_26.html' title='アジアン・インベージョン'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109877387456393012</id><published>2004-10-25T23:23:00.000-07:00</published><updated>2004-10-26T18:49:10.546-07:00</updated><title type='text'>代理家族</title><content type='html'>&lt;p&gt;昔の話の記録を作りたいと思ってこのウェブログを作ったのだが、現在感じるものも書きたくなるのでちょっとつらい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学卒業して1年以上経ったが、最近なつかしい人たちからのメールや電話が来る。大学時代はあんなに一緒に騒いでいたのに、この1年間半プッツリと連絡が途絶えていた。我々お互いに地球のどこそこに飛び散ってしまったからだろう。ケンブリッジ、ニューヨーク、サン・ディエゴ、ロス、ダブリン、シンガポール、シェフィールド、デュバイ、北京、東京、ジャカルタ、そして香港。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高校時代の様に社会ステータスを表すようなグループはなかったが、大学にも様々なグループがあった。時と場所によって、付き合い方も変わる。私が大学で一番最初に打ち解けたグループは、以外にも日本人のグループだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカでは先輩・後輩という関係はルースであり、スポーツやブラス・バンド等の部活でもしていないとあまり見かけない。だから初めて日本人の先輩達のアパートに連れて行ってもらったり、大学について色々アドバイスを貰ったりした時はとても新鮮な経験だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;誰が言い出したのかはもう忘れたが、彼らは私にとって第2の家族になっていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3人一緒に住んでいるパパ、ゴッドファーザーとパトラッシュ（笑）。ヘアスタイルと背格好が似ているから、と勝手に決め付けられたママと娘(私)。優しい口調で人生相談をしてくれるタバコ屋のおばさん。隣の山田くん。の隣の怪しいロンゲの外人サーファー。パパの愛人、などなど。いわゆるファミリーごっこだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちょっと内輪的なジョークであるが、半分はサポート・システムの様になっていた。風邪をひいたり、悩みがあったりするとすぐ飛んできてくれたし、気軽に飲みに行ける友達でもあった。心のよりどころだったんだと思う。日本人だけではなく、日本愛好家たちとも友達になった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;ジャパノ・ファイル　～マルダーも知らなかったもう一つの謎～&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の文化は世界的にポピュラーだ。しかし、「いったい日本文化のどこが世界に好かれているの？」と聞かれると、現代の日本人は答えられるだろうか？&lt;/p&gt;&lt;p&gt;フタを開けてみると日本人はびっくりすると思う。ここで例を挙げてみよう：&lt;br /&gt;私の友達の辰雄（&lt;a href="http://ealc.berkeley.edu/people/gradstudentprofiles.htm"&gt;Tatsuo&lt;/a&gt;）はドイツ人である。彼はハーフでもないし、日本にいたのは高校留学の一年間だけだったという。しかし、彼の名前は辰雄である。学生IDにもそう書いてある。ちなみにお姉さんの名前は雪子である。両親があまりにも日本文化好き(ジャパノファイル)なために子供たちに日本人の名前を付けたのだ。ところがどっこい、名前はまだ序の口である。&lt;br /&gt;辰雄のアパートに入るとまず目に入るのが大きなGLAYのポスター、そして布団の脇には神棚。自分で作ったそうだ（しかも飾ってあるのは自分のおばあちゃんではなくて、日本のホスト・ファミリーのおばあちゃん）。極め付けが壁に飾ってある真剣。勤勉な辰雄はがんばって古典と能の勉強をしていた．．．。今彼は京都の大学院で古典の勉強に励んでいるそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他にもたくさんの日本愛好家がいた。漢字練習を毎日欠かさず、親父ギャグを真顔で飛ばすマーティン（好きなバンドはSPITZ）。酔っ払うと関西弁で「何やネン？」とつっかかってくるピーター。パフィーが好きで、「私はバカな白人です」と日本語で書いてあるシャツを着るニック。目をつむれば藤井フミヤが歌っていると思えるスティーブ。日本語を１３年間習い続け、日本人の男の子が大好きなロビン。黙っていればかっこいいハーフだけど、本当はキティちゃんマニアのケンちゃん。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;最初のうちは「へぇーっ」と毎回驚いていたが、私もそのうち慣れてきた。彼らは一体何に憧れて日本愛好家になったのだろうか？純日本人の私でさえその熱狂振りには圧倒されてしまう事が多かった。Japanophileの日本への執着は今の日本人の目にはどう映るのだろう？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに辰雄についてはもう一つ話がある。彼が日本に留学していた時「事」は起こったそうだ。&lt;br /&gt;彼はまぁまぁハンサムな方であるが、当時丸坊主にしていて、パッと見ると怖い感じだったそうだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;電車に乗っていると、後ろからヒソヒソ声が聞こえる。&lt;br /&gt;「ねぇ、あの外人変だよね。」&lt;br /&gt;「え～？あ、うん。ちょっと変。」&lt;br /&gt;コギャルは場をわきまえず、平気で辰雄の頭の事を話はじめる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;10分ほど会話は続き、辰雄は電車を降りるところだった。でも、ただでは行かない。&lt;br /&gt;「あのさ、外人でも日本語分かる人っているよ。気を付けなよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コギャルたちはただ口をアングリするだけだったそうだ。&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109877387456393012?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109877387456393012/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109877387456393012' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109877387456393012'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109877387456393012'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/10/blog-post.html' title='代理家族'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109826678852803652</id><published>2004-10-20T03:03:00.000-07:00</published><updated>2004-10-20T03:06:28.526-07:00</updated><title type='text'>アメリカン・ライフ～大学編ｖ1.0</title><content type='html'>&lt;em&gt;ふと気がつけば、毎日が楽しくて仕方がなかった。18歳に手に入れた自由と大人へのステップは気を大きくさせていた。&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高校のグループの中でも私が一番先に大学に引っ越した。なぜならば学校がそれだけ早く始まるからだ。他の子たちは一ヶ月後にようやく引越しを始めるぐらいなのだが。暇つぶしと興味のため、私の親友は家族と共に引越しを手伝ってくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;45度の傾斜にようやくフォードのステーション・ワゴンを停めた頃、父親はくたくただった。ちょっとおしゃれなスキー・ロッジみたいな寮は一年間、私の新しい「ホーム」になる予定だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともと二人部屋なのを三人で分けることになっていたので、少し落胆していたけれども、中は意外とスペースがあり、何よりも窓からの景色が素晴らしかった。カラっと晴れた青空の向こうにはサン・フランシスコがくっきりと見えた。キャンパスの隅っこだったが、第一印象は抜群だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は一生に幾つかの&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;Rites of Passage&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;を経験するという。現代の若者たちにとって「大学入学」は正に大人と社会人になる一歩手前の&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;Rites of Passage&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;なのではないかと思う。中流階級のアメリカ人の若者たちは特に「大学＝一人暮らし」につながることが多い。いわゆる「巣立ち」なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Made in Japanでありながら、6歳の時からアメリカで育った私はとてもユニークな経験をしていると思う。日本人としてのアイデンティティー。アメリカ人として身についた習慣。そしてどちらの文化からもはみ出してしまう中途半端さ。今では笑い飛ばしてしまえる羞恥や昔話をこのウェブサイトに記してみようと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ごらん遊びなされ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;「私、肥ってると思うの．．．。」&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何も知らないナイーブなフレッシュマン（アメリカでは一年生のことをこう呼ぶ）のNo.1の悩みは「ルームメイト」である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ルームメイトのホラーストーリーは毎年どんどん大げさに増長され、伸びるところまで伸びる。しかも、まんざら噂だけではないというところが恐ろしいのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;em&gt;「部屋を散らかしっぱなしで体臭がひどい。」&lt;br /&gt;「私の物を勝手に使うのよ。ある朝気がついていたらお気に入りの洋服がなくなっていたわ」&lt;br /&gt;「女を連れこむ。」&lt;br /&gt;「バスタブにコンドームが落ちていた。」&lt;br /&gt;「部屋の真ん中でマスターベーションをしていた。」&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ピンからキリまであるのだ。私は寮の通知を受け取った時、2人もルームメイトがいるのに気づいた。2人とも普通の人間である事を真剣に祈っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学からの通知には電話番号も記されていた。早速電話をかけてみたところ、一人とは連絡がとれ、もう一人とは一週間後にやっと話しができた。電話の上では二人ともノーマルそうであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし．．．。ジョイスはそうは思わなかったらしい。彼女は私がメッセージを残した一週間後に電話をかけてきてくれたのだが、一緒に暮らし始めて一ヵ月後、ある秘密を明かしてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「一番最初にあなたが電話をかけてきた時に少し心配だったのよ。」&lt;br /&gt;「え？何で？」&lt;br /&gt;「だって．．．。あんなメッセージ残すんだもん。どんなクレイジーなルームメイトなのかと思ったわ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;．．．。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;身に覚えの無い事を言われても．．．と思ったが、更に問いつめると彼女は「あなた電話で“I’m your new roommate. Um… Since you’re not　home…. I think I’m kinda　FAT ”ってメッセージを残したのよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、「私はあなたのルームメイト。あなたは家にいないのね。&lt;em&gt;私、肥ってると思うの．．．。&lt;/em&gt;」と聞こえたらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;はい、正解は「私はあなたのルームメイト。あなたは家にいないのね。私、また電話かけるわ（“I think I’ll call you back”）」です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どーいうヒアリングをしてるんじゃい？と言いたかったが、誤解はやっと解けたらしい。そんな変な印象を受けていたので、初めて会った日、彼女は拒食症、多食症、もしくはでっかい鯨のような女の子と一緒に住むのかとびくびくしていたらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに彼女とは大学で一番の親友になり、結果的には2年間半ルームメイトをする事になった。もう一人の女の子はとてもだらしなく、下着は脱ぎ散らかし、食べ物をカビさせる、人の服を借りて返さない、あげくに酔っ払ってゲロをする、などと最悪のルームメイトであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;First Impressionはあなどれないものだ。&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109826678852803652?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109826678852803652/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109826678852803652' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109826678852803652'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109826678852803652'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/10/10.html' title='アメリカン・ライフ～大学編ｖ1.0'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-8800000.post-109825931159398909</id><published>2004-10-20T01:58:00.000-07:00</published><updated>2004-10-20T01:06:21.583-07:00</updated><title type='text'>A New Beginning</title><content type='html'>ふり返ると、自分の人生は捨てたもんじゃないと思う。だから書く。&lt;em&gt;忘れないように。&lt;/em&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/8800000-109825931159398909?l=imanowakamono.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://imanowakamono.blogspot.com/feeds/109825931159398909/comments/default' title='Post Comments'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=8800000&amp;postID=109825931159398909' title='0 Comments'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109825931159398909'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/8800000/posts/default/109825931159398909'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://imanowakamono.blogspot.com/2004/10/new-beginning.html' title='A New Beginning'/><author><name>Ima No Wakamono</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17780859601934268025</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='16' height='16' src='http://img2.blogblog.com/img/b16-rounded.gif'/></author><thr:total>0</thr:total></entry></feed>
