代理家族
昔の話の記録を作りたいと思ってこのウェブログを作ったのだが、現在感じるものも書きたくなるのでちょっとつらい。
大学卒業して1年以上経ったが、最近なつかしい人たちからのメールや電話が来る。大学時代はあんなに一緒に騒いでいたのに、この1年間半プッツリと連絡が途絶えていた。我々お互いに地球のどこそこに飛び散ってしまったからだろう。ケンブリッジ、ニューヨーク、サン・ディエゴ、ロス、ダブリン、シンガポール、シェフィールド、デュバイ、北京、東京、ジャカルタ、そして香港。
高校時代の様に社会ステータスを表すようなグループはなかったが、大学にも様々なグループがあった。時と場所によって、付き合い方も変わる。私が大学で一番最初に打ち解けたグループは、以外にも日本人のグループだった。
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アメリカでは先輩・後輩という関係はルースであり、スポーツやブラス・バンド等の部活でもしていないとあまり見かけない。だから初めて日本人の先輩達のアパートに連れて行ってもらったり、大学について色々アドバイスを貰ったりした時はとても新鮮な経験だった。
誰が言い出したのかはもう忘れたが、彼らは私にとって第2の家族になっていた。
3人一緒に住んでいるパパ、ゴッドファーザーとパトラッシュ(笑)。ヘアスタイルと背格好が似ているから、と勝手に決め付けられたママと娘(私)。優しい口調で人生相談をしてくれるタバコ屋のおばさん。隣の山田くん。の隣の怪しいロンゲの外人サーファー。パパの愛人、などなど。いわゆるファミリーごっこだった。
ちょっと内輪的なジョークであるが、半分はサポート・システムの様になっていた。風邪をひいたり、悩みがあったりするとすぐ飛んできてくれたし、気軽に飲みに行ける友達でもあった。心のよりどころだったんだと思う。日本人だけではなく、日本愛好家たちとも友達になった。
ジャパノ・ファイル ~マルダーも知らなかったもう一つの謎~
日本の文化は世界的にポピュラーだ。しかし、「いったい日本文化のどこが世界に好かれているの?」と聞かれると、現代の日本人は答えられるだろうか?
フタを開けてみると日本人はびっくりすると思う。ここで例を挙げてみよう:
私の友達の辰雄(Tatsuo)はドイツ人である。彼はハーフでもないし、日本にいたのは高校留学の一年間だけだったという。しかし、彼の名前は辰雄である。学生IDにもそう書いてある。ちなみにお姉さんの名前は雪子である。両親があまりにも日本文化好き(ジャパノファイル)なために子供たちに日本人の名前を付けたのだ。ところがどっこい、名前はまだ序の口である。
辰雄のアパートに入るとまず目に入るのが大きなGLAYのポスター、そして布団の脇には神棚。自分で作ったそうだ(しかも飾ってあるのは自分のおばあちゃんではなくて、日本のホスト・ファミリーのおばあちゃん)。極め付けが壁に飾ってある真剣。勤勉な辰雄はがんばって古典と能の勉強をしていた...。今彼は京都の大学院で古典の勉強に励んでいるそうだ。
他にもたくさんの日本愛好家がいた。漢字練習を毎日欠かさず、親父ギャグを真顔で飛ばすマーティン(好きなバンドはSPITZ)。酔っ払うと関西弁で「何やネン?」とつっかかってくるピーター。パフィーが好きで、「私はバカな白人です」と日本語で書いてあるシャツを着るニック。目をつむれば藤井フミヤが歌っていると思えるスティーブ。日本語を13年間習い続け、日本人の男の子が大好きなロビン。黙っていればかっこいいハーフだけど、本当はキティちゃんマニアのケンちゃん。
最初のうちは「へぇーっ」と毎回驚いていたが、私もそのうち慣れてきた。彼らは一体何に憧れて日本愛好家になったのだろうか?純日本人の私でさえその熱狂振りには圧倒されてしまう事が多かった。Japanophileの日本への執着は今の日本人の目にはどう映るのだろう?
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ちなみに辰雄についてはもう一つ話がある。彼が日本に留学していた時「事」は起こったそうだ。
彼はまぁまぁハンサムな方であるが、当時丸坊主にしていて、パッと見ると怖い感じだったそうだ。
電車に乗っていると、後ろからヒソヒソ声が聞こえる。
「ねぇ、あの外人変だよね。」
「え~?あ、うん。ちょっと変。」
コギャルは場をわきまえず、平気で辰雄の頭の事を話はじめる。
10分ほど会話は続き、辰雄は電車を降りるところだった。でも、ただでは行かない。
「あのさ、外人でも日本語分かる人っているよ。気を付けなよ。」
コギャルたちはただ口をアングリするだけだったそうだ。

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